ラベル 第20話「デストロン四国占領作戦」 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2024年1月9日火曜日

黒崎海岸

「四国の太平洋岸」、深夜の海岸で輸送機に向けて信号を送るデストロン戦闘員
戦闘員が立っている岩場は三浦半島にある黒崎海岸。シリーズでは本エピソードロケで初使用されて以降は定番化、ストロンガー最終回では7人ライダーが集結する地として使われている。
なお、爆破撮影との因果関係は無いだろうが東日本大震災や2019年の令和元年東日本台風などの影響からか岩場が大きく崩落、消失している。
2013年撮影。まだ岩の突端が残っていた。先の画像と比べて頂くと変化がお分かりいただけるだろうか。
出典:仮面ライダーV3 第20話「デストロン四国占領作戦」 毎日放送/東映/石森プロ 1973年6月30日放送

2023年11月21日火曜日

来島どっく大西工場(現:新来島どっく)

松山城からデストロンの車を追って行った先は今治の大西町にある来島どっく(現:来島どっく)大西工場。
工場の門は敷地拡大に伴い移設している。当時の門は建造中の部材を仮置きするヤードになっている。
車が入って行ったのは3号ドック北通路。
岸壁で戦うV3の先に見えるのは劇場版で爆破が行われた鴨池海岸沖の弓杖島
後方の護岸はのちの拡張で埋め立てられた。
3号ドックで建造中だった船の上にいるギロチンザウルス
掲載した画像を見ていただければお気づきと思うが今回工場の中まで行って撮影している。今回で3度目の現地探訪で敷地前まで来ると以前とは違った賑やかな様子。よく見るとゲートにはアーチが組まれそこには「新来島感謝祭」の文字が…次々と親子連れが敷地内に入っていくではないか。偶然にも工場内で行われるイベントに遭遇、工場内を見学する事が出来た。まさか中に入れるとは思ってもいなかったので具体的な位置の割り出しを細かく詰めていなかったので慌てて資料を確認しながら廻ってみたがメインの見学コースが時間終了、十分に検証することは叶わなかったが普段は入る事が出来ない工場内を見て回る事が出来たのは大きな収穫だった。今回は公開されていなかったが建造中の船の上まで行ける事もあるそうだ。興味ある方は是非来年のイベントに合わせて行ってみてはいかがだろうか。
当時のものではないが劇中で藤兵衛たちが捕らえれていたドック横のタワークレーン
現在建造中のタンカー
出典:仮面ライダーV3 第20話「デストロン四国占領作戦」1973年6月30日放送第21話「生きていたダブルライダー」1973年7月7日放送 毎日放送/東映/石森プロ 

2023年11月19日日曜日

室戸スカイライン

V3ホッパーを放ちギロチンザウルスの車を追う
ホッパーから送られてきた映像で車が走っていたのは高知県の室戸岬中央の尾根を走る室戸スカイライン。興味深いのはこのカットのカメラ位置である。1970年に室戸スカイラインが開通して間もなく山の山頂付近に建った結婚式場を併設した展望台"スカイレストニューむろと"から撮影されていたと考えられる。対比の画像も実際にニューむろとから撮影した。
このニューむろとは一説には1972年開業1978年廃業、そのまま建物が放置されて廃墟化しているのだがその奇抜な意匠と岬の眺望からネットの時代以降、廃墟マニア界隈では有名な物件となっている。もちろんV3の映像はここが営業中に撮られている。
屋上から岬の突端の方角。たまたまSNSでここの屋上で撮られた写真が目に留まり、第21話のアングルに非常によく似ていたのに気づいたのが特定のカギとなった。ホッパーの映像は下の画像、中央あたりを捉えていた。
出典:仮面ライダーV3 第20話「デストロン四国占領作戦」毎日放送/東映/石森プロ 1973年6月30日放送

湧ヶ淵#1

匿っていた深沢が散歩に出たと聞いて探しに行く風見
風見が歩いていたのはホテル奥道後の敷地内を流れる石手川沿いに設けられた湧ヶ淵の遊歩道。手前のアーチ橋はみかえり橋。
欄干には割と最近の物と思われる流芥物が多く堆積する。橋自体も本体の鉄骨周辺のコンクリートが崩れており、いつ崩落しても不思議はないほどだった。
金閣寺の方向に向かう風見
先ほどのみかえり橋の辺りから隧道を抜けた先には山門があり脇には不動滝、そして更に進んだ先にあった金閣寺は2001年に台風で倒壊してしまった。このシーンに映る通路は切り立った崖に棚のように設けられた桟道で、初訪の際はこの桟道の途切れた先まで行ってみたが今回は更に痛んでおり危険性を感じ踏み出すのを断念。対比の写真は初訪の2012年撮影。
崩落した桟道。恐らくこの20メートルほど先に金閣寺があった。2012年8月撮影。
前回はまだ形を留めていた風見の後ろに映る山門も倒壊、桟道には崖の上から崩れ落ちた岩が積もる。2023年11月。
朱塗りの欄干が緑に映える風情ある散策路だったが現在は放置され荒れ果てていた。初めて訪れた2012年の時点でもかなり廃れていたがそれでも疎らに歩く宿泊客を見かけたが現在は歩くのが危険な程だった。

出典:仮面ライダーV3 第20話「デストロン四国占領作戦」 毎日放送/東映/石森プロ 1973年6月30日放送

2023年11月18日土曜日

ホテル奥道後旧フロント(現:奥道後 壱湯の守)

少年ライダー隊員の報告を受けてホテル奥道後にやってきた風見。
館内を歩いていると自身を呼ぶアナウンスが流れフロントに向かう。
ホテル奥道後は東日本大震災後にインバウンド需要が下がり経営が悪化、民事再生法を申請し2014年より「奥道後 壱湯の守」として民事再建された。風見が歩いているのは当時フロントがあった4階。現在、フロントは5階に移動、当時のフロントがあった辺りはバーなどに活用されている。風見の左側の柱が当時の位置関係を知る手掛かりとなる。
背後に映る柱は一見当時のままのように見えて一部の柱は設備の増築か何かで同じ意匠のパネルを使って大型化している。柱の位置関係自体は変わらないので映像と柱の太さが一致せず悩んだが現地で検証してみて増築されていたことを確認。
フロントの前は2階分の階高がある吹き抜けで全面ガラス窓からは渓谷を望む事ができた。
出典:仮面ライダーV3 第20話「デストロン四国占領作戦」 毎日放送/東映/石森プロ 1973年6月30日放送

奥道後ロープウェイ山頂駅

山を登ってくるロープウェイ
ここは愛媛県松山市の奥座敷、奥道後温泉のロープウェイ。ホテル奥道後(現:奥道後 壱湯の守)から杉立山山頂を結び山頂から松山市を一望する事が出来た。2009年12月に運行休止したそうで2012年初訪した際はいずれ運行再開するのでは?と淡い期待を抱いていたがホテル奥道後自体も民事再生法が適用されそのまま廃線となった。このアングルは山の中腹から麓のホテル全景を映すが現在では同様の角度で見る事が出来ず山頂駅から同方向を撮影。
松山市を見下ろす眺望
映像ではモヤがかかっていて山奥のように見えたが実際は手前に松山市の街並み、その先には瀬戸内に浮かぶ島々だった事がわかる。
山頂駅にやってきた少年ライダー隊の健一とその姉
山頂駅は廃線後もそのまま残っている。
デストロンを脱走した深沢技師を発見するのは山の中腹でロープウェイの支柱付近で廃線後は放置されて藪に埋もれてしまったのか近づく道が見つけられなかたった。
深沢を介抱しているベンチは先のシーンで健一が駆け降りた山頂駅脇の階段の先だったのではないかと思われるがここも完全に藪に埋もれていた。対比は駅脇に残っていた望遠鏡で撮影してみた。
ロープウェイ廃線後も山頂駅が残っている事を知りなんとか確認しに行きたいと機会を探っていたが放送開始50周年に合わせて踏破する願いが叶った。
出典:仮面ライダーV3 第20話「デストロン四国占領作戦」 毎日放送/東映/石森プロ 1973年6月30日放送

2019年3月28日木曜日

松山城

城の山を見上げるカット。恐らくはどこかの屋上からの撮影だが屋上に上がれる適当な場所を見つけられず見上げての撮影。案の定ビルなどに遮られどうやっても撮れなかった。
城の手前に見えるドーム状の物は当時電電公社の屋上にあったプラネタリウムだそうだ。
 風見志郎の乗ったリフトは健在。
 城へやってきた志郎。映像的には紫竹門より中へ入るように見えるがこの門をくぐると実際は外へ出てしまう。
 松が伐採されてしまっている。
乾櫓。現在の写真を見ると判るが随分と趣が変わっている。
これは戦災により焼失した乾門とそれに横の乾門東続櫓という建物が昭和50年代に復元されたため。

乾門へ向かう志郎。このシーンはこの上の石垣から撮影しているのだが現在は先ほど描いた櫓が再建されているため同じ位置から見下ろせなくなっている。
 この木戸は現在乾門が再建された場所にあったと思われる。
城内のガイドの方に伺ったが覚えていらっしゃら無かった。

 重要文化財「二ノ門」。実はこのカットのみ有料になる敷地内。天守閣まで登って観光する時間が無かったのでこの周辺の撮影の為だけに入城料500円を払った。
天守閣よりジャンプするV3。
 再び戦闘シーンでは乾門周辺へ。
ギロチンザウルスの後ろに当時無かった土塀が再建されているのが判る。
 紫竹門の名前の由来になったのが左側に植えられた紫竹である。
紫竹門内の竹の育ち方が判る。
 走り去るハリケーン。手前の丸い物は裏側に消火栓が配されている。