2019年3月28日木曜日

松山城

城の山を見上げるカット。恐らくはどこかの屋上からの撮影だが屋上に上がれる適当な場所を見つけられず見上げての撮影。案の定ビルなどに遮られどうやっても撮れなかった。
城の手前に見えるドーム状の物は当時電電公社の屋上にあったプラネタリウムだそうだ。
 風見志郎の乗ったリフトは健在。
 城へやってきた志郎。映像的には紫竹門より中へ入るように見えるがこの門をくぐると実際は外へ出てしまう。
 松が伐採されてしまっている。
乾櫓。現在の写真を見ると判るが随分と趣が変わっている。
これは戦災により焼失した乾門とそれに横の乾門東続櫓という建物が昭和50年代に復元されたため。

乾門へ向かう志郎。このシーンはこの上の石垣から撮影しているのだが現在は先ほど描いた櫓が再建されているため同じ位置から見下ろせなくなっている。
 この木戸は現在乾門が再建された場所にあったと思われる。
城内のガイドの方に伺ったが覚えていらっしゃら無かった。

 重要文化財「二ノ門」。実はこのカットのみ有料になる敷地内。天守閣まで登って観光する時間が無かったのでこの周辺の撮影の為だけに入城料500円を払った。
天守閣よりジャンプするV3。
 再び戦闘シーンでは乾門周辺へ。
ギロチンザウルスの後ろに当時無かった土塀が再建されているのが判る。
 紫竹門の名前の由来になったのが左側に植えられた紫竹である。
紫竹門内の竹の育ち方が判る。
 走り去るハリケーン。手前の丸い物は裏側に消火栓が配されている。

新木場 千石橋

結城と共にデストロンを脱走した科学者の一人片桐が妹、幸恵と落ち合ったのは新木場の千石橋の上だった。。。
撮影に向かっている途中で雨が降り出し、あいにくの天気での撮影となった。
当時はまだ埋め立てられて間もなく、橋は片側斜線分しか完成しておらずやっと道が舗装されたような状態である。
当時東京湾に多くあった貯木場時代の名残が地名と共に残る。
当時は数ブロック先の夢の島の清掃工場が見通せたが現在は新木場センタービルでさえぎられる。
まだ片側車線分しか完成していなかった。
戦闘員が現れた欄干の先は新木場スタジオコーストというイベントホール。何度かライブなどで訪れた事があったがまさかこのシーンに使われてる場所だということは調べるまで気づかなかった。
道の先は新木場駅方面。
撮影が行われた川岸の空き地には新木場センタービルが建っているのだが、かろうじて公開空き地(?)というか散策できるようなスペースが残っており川岸まで行くことが出来た。当時赤かった橋は青く塗りなおされている。
ご覧のようにカマクビガメが現れた桟橋のたもとまで行くことが出来る。

荒川河口

仮面ライダーV3初期エンディングには荒川の河口をロングショットでヘリからの空撮とシリーズ2作目として人気絶頂の時期に製作されただけに予算が掛けられていた。
下の航空写真の赤線は映像中でハリケーンが走った軌道だ。
現在の東京メトロ東西線の陸橋辺りから河口へ向けて走っている。
ヘリをチャーターし同じアングルで…と行きたいところだがさすがに断念。
後年、東西線陸橋に平行して架けられた清砂大橋からそれっぽく撮影してみた。
堤防は綺麗に整地され、野球のグランドやサイクリングコースが整備されている。 

2019年3月27日水曜日

奥道後公園

原子物理学の権威沖田博士は四国山脈の奥地でウラニウムの数百倍の放射能を持つサタンニウムという物質を発見した・・・
四国山脈という設定で登場する岩場は奥道後公園内を流れる湧ヶ渕の一部。
少し角度が違うのでずれてしまったが同じ位置の岩のくぼみに水溜りがある野がわかる。
少し風化していたが博士の後方の岩の割れ目が一致しているのが判るだろうか・・・


2019年3月26日火曜日

平尾近隣公園

強化改造を施されたカメレオンが公園で遊ぶ子供達を襲う。
ここは稲城市平尾の平尾住宅敷地内にある平尾近隣公園のちびっこ広場。子供達の遊んでいたコンクリート製の築山は姿を消して木製のアスレチック遊具に替わっていた。背後に写る集合住宅は54、55号棟。
 カメラが西側にパンした先の植え込みに当時在った背の低い鉄製の柵は無くなっていた。
 当時と変わらず健在の給水塔。